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- 民事裁判
保険解約トラブル、裁判官はどう見た?
ここは、ある裁判所の法廷。静まり返った部屋の中央には、厳粛な雰囲気の裁判官が座っています。その前には、スーツを着た男性と、その会社の代理人が向かい合っています。 男性は、郵便局で保険の営業をしていた原告さん。会社は、彼を「クビ」にした被告の会社です。長年勤めた会社から突然、不正行為を理由に懲戒解雇された男性。果たして、裁判官はどのような判断を下すのか。証拠と証言が交錯する法廷の行方を見守ります。
この物語は実際の判例を元にしたフィクションです。登場人物は全て仮名にしております。実際の判例を元にした物語としてお楽しみください。
法廷の幕開け、対立する主張
裁判官が口を開きます。
「では、裁判を始めます。原告、あなたの主張は?」
原告の代理人である弁護士が、依頼人に代わって説明を始めます。
「はい。私たちの依頼人は、被告の会社において、郵便局の渉外社員として長年にわたり誠実に職務を遂行してまいりました。しかしながら、突如として会社から懲戒解雇という処分を受けました。会社側は、原告が高齢のお客様に対し、不利益となる保険の乗り換えを勧めたこと、お客様の意向を十分に確認せずに契約を進めたこと、そして会社の信用を著しく傷つけたことなどを理由に挙げております。」
意向確認の証拠と顧客の状況
原告代理人は、さらに声を強め、反論を展開します。
「しかしながら、これらの会社側の主張は、事実とは全く異なります。依頼人は、会社が定めるルールに則り、お客様一人ひとりの意向を丁寧に確認し、乗り換えに伴う不利益についても十分に説明を行っておりました。」
「その証拠として、お客様ご自身が『意向確認書』に自筆で署名されており、さらに、会社の厳格な審査も通過しているのです。そもそも、当該のお客様は、以前より複数の保険にご加入されており、十分な資産をお持ちの方でした。契約後に解約されたという事実は、お客様ご自身の状況に変化が生じたためかもしれません。」
「依頼人が、自身の成績のために無理に契約を迫ったという会社の主張は、到底認められるものではありません。したがって、今回の懲戒解雇は無効であり、会社は依頼人を社員として復帰させ、未払いの給与やボーナスを支払うべきです!」
強引な営業と信用失墜
裁判官は、原告側の主張を聞き終え、被告側へと視線を向けます。
「なるほど。では、被告、会社の主張はどのようなものでしょうか。」
被告代理人は、毅然とした態度で応じます。
「はい。私たちは、原告に対する懲戒解雇は正当なものであると確信しております。原告は、お客様に多大な損失をもたらしかねない保険の乗り換えを、お客様の真意を十分に確認することなく、強引に推し進めました。その結果、お客様には数百万単位の損失が生じた可能性も指摘されております。」
「これは、保険業法に抵触するだけでなく、会社の就業規則にも反する行為です。また、当社の調査に対し、お客様ご自身も『社員に言われるがままに契約させられた』と証言されております。このような不正な営業活動は、会社の信用を著しく失墜させるものであり、懲戒解雇はやむを得ない措置でした。」
更に、『意向確認書』にお客様のサインがあることについても、冷静に反論を始めます。
「原告代理人は、『意向確認書』にお客様のサインがあると主張されていますが、あれは単なる簡易なチェックシートに過ぎません。あれをもって、お客様の真の意向が確認されたとは到底言えません。会社の調査において、お客様が『言われるがまま』と語られたこと、そして後になって契約が解約されたという事実からも、原告の行為がお客様のためではなかったことは明らかです。原告は、自身の営業成績のために、お客様を利用したに過ぎません。」
証拠の検討と疑問点
裁判官は、両者の主張に耳を傾けながら、提出された証拠書類に目を落とします。
会社の審査も通過しているようだ。会社側は『意向確認書は簡易なものだ』と主張するが、当時、会社が定めた手続きはこれだったのだろう。お客様が『言われるがまま』と話したという会社の調査記録もあるが、その調査は会社側から働きかけて行われたもので、お客様から自発的に苦情があったわけではない。
また、調査担当者がお客様に解約損について説明した際、金額に関する説明がやや曖昧だったという点も気になる。
裁判官は、しばらくの間、思案にふけります。
契約時のお客様のサインや、会社の審査を通過したという事実を、軽視することはできません。お客様が後になって契約を解約したことや、会社の調査で『言われるがまま』と話したという証言も、当時の原告の行為が不適切であったと断定するまでの決定的な証拠とはなり得ないでしょう。
懲戒解雇の無効と賠償命令
裁判官は、重々しく口を開き、判決の主文を読み上げ始めました。
「これまでの双方の主張と提出された証拠を鑑み、裁判所は以下の判断を下します。」
「まず、会社が原告を懲戒解雇した理由についてですが、お客様の意向を十分に確認せず、不利益な事実を告げずに保険を乗り換えさせた、という会社の主張を裏付ける十分な証拠は確認できませんでした。契約時に作成された書類や、当時の会社の審査手続きを見る限り、原告は、会社が求める水準における説明義務を果たしていたと評価できます。お客様が後になって契約を解約されたこと、あるいは会社の調査において『言われるがまま』と証言されたことだけをもって、当時の原告の行為がお客様の意向に反していたと断定することはできません。」
「したがって、会社が原告を懲戒解雇した理由、すなわち懲戒事由は存在しないと判断いたします。」
「懲戒事由が存在しない以上、今回の懲戒解雇は無効です。原告は、現在も会社の社員としての地位を有しています。」
「次に、原告が会社に求めているお給料やボーナスについてです。懲戒解雇が無効である以上、会社は原告に対し、解雇されてから現在までの未払いのお給料、そして本来受け取るはずであったボーナスを支払う義務があります。精査した結果、未払いのお給料は〇〇円、ボーナスは〇〇円となります。」
「また、今後、この裁判の判決が確定するまでの間も、会社は原告に毎月のお給料と、定められた時期にボーナスを支払う必要があります。」
「よって、主文の通り、会社は原告に対し、社員としての地位にあることを確認し、未払いのお金と今後の支払いを行うことを命じます。」
証拠に基づいた公正な判断
こうして、裁判官は判決を言い渡しました。
この裁判は、会社が主張する「不正行為」が、客観的な証拠によってどこまで証明できるのか、そして会社の懲戒解雇の手続きが適切であったのか、という点が厳しく問われました。
裁判官は、提出された証拠や双方の言い分を慎重に検討した結果、最終的に「懲戒解雇の理由にはあたらない」という判断を下したのです。法律に詳しくない方にも分かりやすく言えば、裁判官は「会社がクビにした理由は、提出された証拠を見てもはっきりとは認められなかったため、その解雇は無効である」と判断した、ということになります。
物語の元になった判例
判例PDF|裁判所 - Courts in Japan
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/853/091853_hanrei.pdf
客観的な証拠から証明ができるかどうかが今回の判決のポイントでしたな。