
- 民事裁判
55億円が消えた!~大手ハウスメーカー詐欺事件、裁判の記録~
「地面師」って聞いたことありますか?他人の土地になりすまして、それを売り飛ばす詐欺師のことです。 この事件は、大手ハウスメーカーX社が、そんな地面師グループに騙されて、55億円もの大金を失った事件です。X社の株主Aさんは、当時の社長Bさんと取締役Cさんがちゃんと仕事をしてなかったからこんなことになったんだ!と裁判を起こしました。 私は裁判官として、Aさんの訴えが正しいのか、それともBさんCさんに責任はないのかを判断することになりました。
この物語は実際の判例を元にしたフィクションです。登場人物は全て仮名にしております。実際の判例を元にした物語としてお楽しみください。
一連の流れ
事件の発端は、X社の営業担当ハヤシさんのもとに、仲介業者のキムラ氏から一本の電話がかかってきたことでした。
「ハヤシさん、とっておきの物件がありますよ!都内一等地、好条件の土地です!」
キムラ氏は自信満々にそう告げました。
キムラ氏から送られてきた資料には、土地の所有者名義の売買契約書、さらには公証人が所有者の本人確認をしたという公正証書まで揃っていました。ハヤシさんは「これは大チャンスだ!」と、すぐにスズキ社長に報告しました。
スズキ社長も、実際に現地を視察。
「よし、この土地、買おう!」と、購入を決裁しました。
一見すると、何の問題もない普通の不動産取引に見えます。
しかし、この取引にはいくつもの落とし穴が隠されていたのです。
まず、土地の売買において通常は売主と直接交渉しますが、この取引では、X社と所有者の間に、なぜかアパレル会社が仲介業者として入っていました。しかも、その会社の実態は不明瞭で、いわゆるペーパーカンパニーの可能性もあったのです。
さらに、このアパレル会社が仲介に入ることで、X社は本来支払う必要のない10億円もの金額を余計に支払うことになっていました。
そして、最も重要な点。キムラ氏から提示された所有者の本人確認書類や公正証書は、すべて精巧に偽造されたものだったのです。地面師グループは周到な準備を重ね、X社の担当者たちを巧妙に騙していたのでした。
株主の怒り
この損失を許せないと立ち上がったのは、X社の株主であるヤマダ氏。
「経営陣の責任は重大だ」と、ヤマダ氏は当時の代表取締役社長スズキ氏と取締役副社長タナカ氏を相手取り、55億円もの損害賠償を求め、株主代表訴訟を提起しました。
法廷で、ヤマダ氏は静かに語り始めました。
「スズキ社長、あなたはX社のリーダーとして、この巨額損失の責任をどう考えているのですか?」
スズキ社長は、落ち着いた様子で答えました。
「確かに今回の事件は痛恨の極みです。しかし、私達は当時の状況で最善を尽くしました。売主の本人確認書類は精巧な偽造で、専門家でも見破ることは困難でした。」
争点1:消えた55億円
ヤマダ氏は、スズキ社長の責任を追及します。
「社長、あなたは本当に最善を尽くしたと言えるのですか?売買契約前に、内容証明郵便で警告が届いていたはずです。なぜ適切な調査を行わなかったのですか?」
スズキ社長は眉をひそめ、こう話します
「内容証明郵便は見ていませんでした。担当者から報告を受けたのは、不審なブローカーの接触だけで、それも妨害行為と判断していました」
と説明しました。
ヤマダ氏はさらに追及の手を緩めません。
「では、代金の支払いを前倒しした判断は?あれでX社のリスクは高まり、被害を拡大させたのです!」
スズキ社長は、少し語気を強めて反論します。
「代金の前倒しは、妨害行為を避けるための措置でした。法務部や弁護士にも相談し、了解を得た上での判断です。当時の状況を考えれば、むしろ適切な判断だったはずです。」
この点について、裁判所はスズキ社長の主張を認めました。
「経営判断の原則に照らし、スズキ社長の判断は合理的である」と判断したのです。
争点2:副社長の財務責任は?
ヤマダ氏の追及は、タナカ副社長にも向けられました。
「タナカ副社長、あなたは経理財務の責任者として、なぜ多額の預金小切手での支払いを許可したのですか?あれが詐欺グループの現金化を容易にしたのです!」
タナカ副社長は、冷静に答えました。
「小切手での支払いは事業部門の判断で、私は個別に承認していません。それに、線引小切手でしたから、リスクは最小限に抑えられていました。」
ヤマダ氏は納得しません。
「しかし、副社長、あなたにもリスク管理の責任があるはずです!適切な内部統制システムがあれば、詐欺は防げたはずです。」
タナカ副社長はきっぱりと否定します。
「X社には、小切手の使用に関する社内規則があり、リスク管理は適切に行われていました。今回の詐欺は、通常の内部統制では防ぎようがなかったのです。」
裁判所は、タナカ副社長の主張も認めました。
「X社の内部統制システムは合理的で、タナカ副社長に過失はない」と判断したのです。
判決:勝訴したのは…
そして、ついに判決の時。裁判長は
「原告の請求を棄却する」
と告げました。
スズキ社長、タナカ副社長の両名に善管注意義務違反は認められず、被告側の勝訴となったのです。
裁判所は、両被告の判断は経営判断の原則に照らして合理的だったとしました。
X社の内部統制システムも合理的であり、今回の詐欺はあまりにも巧妙で、防ぐことは困難だったと結論づけたのです。55億円もの巨額損失は、X社にとって大きな痛手となりましたが、その責任を経営陣に負わせることはできない、というのが裁判所の判断でした。
物語の元になった判例
判例PDF|裁判所 - Courts in Japan
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/320/091320_hanrei.pdf
ただ、裁判で大手ハウスメーカー側の体制や経営判断に問題がないと判決が出たのに騙されてしまったこと自体が、とても恐ろしい事件だ。