
- 刑事裁判
コロナ禍の不正 ~10億円詐欺事件で裁判官が見たもの~
静まり返った法廷。傍聴席からの視線が集まる中、私は判決文を読み上げていた。 被告人、A社の元取締役総務部長。罪名は詐欺罪。 「被告人を懲役3年に処する」 重々しい言葉が法廷に響き渡る。傍聴席からは、かすかなどよめきが聞こえた。
この物語は実際の判例を元にしたフィクションです。登場人物は全て仮名にしております。実際の判例を元にした物語としてお楽しみください。
コロナ禍における雇用調整助成金の悪用
この事件は、コロナ禍で苦しむ企業を支援するための雇用調整助成金を悪用した、許し難いものだった。
A社は、従業員の休業日数を実際よりも多く偽って申請し、本来受け取るべき金額よりも多い助成金を不正に受給したのだ。その手口は巧妙で、勤怠データなどを改ざんし、長期間にわたって不正を隠蔽していた。被害額は、実に10億円を超えていた。
指示された下での不正行為か、主体的な犯罪か
被告人は、元代表取締役カトウ氏の指示で犯行に及んだと主張。
被告人席で、彼は俯きがちに、しかし、はっきりとした口調でこう話した。
「会社の赤字を避けるため、カトウ氏から不正受給を指示された。逆らうことができず、不正に手を染めてしまった。」
と述べた。
しかし、検察側は、被告人にこう問い詰める。
「あなたはA社の取締役総務部長という重要な役職に就いていた。会社の経営状況や社会的責任を理解していたはずだ。本当にカトウ氏の指示に従う以外に選択肢はなかったのか?」
被告人は視線を逸らし、小さな声で
「…他の方法もありましたが、カトウを説得することはできませんでした。」
と答えた。私は、このやり取りを注意深く見守りながら、被告人の言葉の真偽を確かめようとしていた。
カトウ氏の退任後も1年4ヶ月もの間、不正を継続した事実も、被告人の主体的な関与を示唆するものなのだろうか。
悪質性と責任の重さ
私は、裁判官として、被告人の主張と証拠を注意深く検討した。
被告人の部下は、被告人がカトウ氏に不正を諫めていた場面を目撃したと証言していた。
また、被告人がカトウに送ったメールの中にも、不正を懸念する内容が含まれていた。
これらのことから、「カトウ氏から強い圧力を受けていた」、「カトウ氏に逆らえなかった」という被告人の主張にも一定の理解を示した。
被告人が不正に反対し、カトウ氏を説得しようとした形跡も見られたからだ。法廷での被告人の様子からも、当時の彼の葛藤と苦悩が伝わってきた。
しかし、被告人はA社の取締役総務部長という重要な役職に就いていた。会社の経営状況や社会的責任を理解していたはずだ。
カトウ氏の指示に従うことだけが選択肢だったとは、私には到底思えなかった。
ましてや、カトウ氏が退任した後も、1年4ヶ月もの間、不正を続けたのだ。その時の心境を問いただすと、被告人は沈黙したまま、何も答えなかった。
実刑判決は避けられない
被害額は約10億7000万円。
正規に申請した場合の受給見込み額を差し引いたとしても、実質的な被害額は約2億6000万円と、極めて多額に上る。
犯行期間の長さ、被害額の大きさ、そして社会的影響の重大さを考慮すれば、被告人の刑事責任は非常に重い。A社はすでに被害額を上回る約13億円を返還している。
被告人も犯行を認め、反省している様子を見せており、妻も更生を誓っていた。
しかし、これらの事情を考慮しても、執行猶予をつけることはできないと判断した。
判決結果
本件は検察側の勝訴。
被告人の主張する「代表取締役カトウ氏からの指示」や「不正への反対の試み」といった酌量の余地は認められるものの、被告人自身の地位と責任、犯行の悪質性、被害額の大きさなどを総合的に判断し、懲役3年の実刑判決が言い渡された。
オジサンの感想

A社の行為は、そうした企業の機会を奪ったとも言える。
この判決が、不正を企てる者への抑止力となり、国民の信頼回復につながることを願っている。