
- 刑事裁判
歪んだ愛の代償 ~執着が生んだストーカー事件~
柔らかな春の光が差し込む法廷。傍聴席には緊張感が漂っていました。 法廷に立つ被告人は、うつむいたまま微動だにしません。 かつての上司、キクチさんへの歪んだ愛情から、ストーカー行為、名誉毀損、そして傷害という罪を犯したのです。
この物語は実際の判例を元にしたフィクションです。登場人物は全て仮名にしております。実際の判例を元にした物語としてお楽しみください。
被害者の苦悩
裁判長が静かに口を開き、審理が始まりました。裁判長は被告人に視線を向け、低い声で尋ねました。
「被告人、あなたは起訴事実を認めますか?」
被告人はか細い声で「はい…」と絞り出しました。
傍聴席からは、抑えきれないため息が漏れました。証言台に立ったキクチさんは、見る影もなく憔悴しきっていました。
被告人からの執拗な待ち伏せ…93回にも及ぶ電話、12通のメール、職場での嫌がらせ、自宅への不快な物の投棄…。
あの恐ろしい日々がフラッシュバックするのか、時折言葉を詰まらせながら、当時の状況を語りました。
「最初は職場の相談相手だったんです。被告人は交際相手が自殺したと私に語り、相談を求めてきました。それはのちに嘘だと判明するのですが、当時の私は親身になって話を聞いてあげていました。でも…次第に私的なメールが増え、内容もエスカレートしていきました。1日に数十通も来るようになり、内容は被告人の心情を吐露する一方的なものでした。拒否すると…今度は嫌がらせが始まったんです…」
キクチさんは、被告人がインターネット上に「カゼノタニのキクチ」と題するウェブサイトを開設し、そこでキクチさんを誹謗中傷する書き込みをしたことも証言しました。
「もう一度キクチに抱きしめてほしかった。あの時のように…不倫でした。今も忘れないキクチの可愛い胸…いくらその胸で泣いたか…愛し合った日を忘れない」
などと、全くの事実無根の内容でした。
精神的に追い詰められ、適応障害とうつ病性障害を発症したキクチさんの声は、静まり返った法廷に響き渡りました。キクチさんは、被告人の行為によって血圧上昇、食欲不振、情緒不安定などの症状が出て、心療内科のクリニックを受診せざるを得なかったと続けました。
そこで偶然被告人に似た人物を見かけてパニック発作を起こし、「外傷性ストレス障害(PTSD)、うつ病性障害」と診断されたのです。現在も抗うつ剤の服用とカウンセリングによる治療を続けているとのことでした。
被告人の主張と検察の反論
弁護人は、必死に被告人を擁護しようとしました。
「裁判長!被告人は、キクチさんへの恋愛感情から行為に及んだのであり、傷害を与える意図はなかったはずです!電子メールの送信以外の行為については、回数や具体的な内容が曖昧であり、すべてを認めることはできません。傷害についても、因果関係を証明する証拠は不十分です。」
しかし、検察官は、弁護人の主張を真っ向から否定しました。
「異議あり!被告人は、キクチさんが精神的に苦痛を受けていることを認識しながらも、執拗な行為を繰り返しました。メールの中には、自分の行為がキクチさんにとって負担になっていることを自覚している内容のものもありました。これは明らかに傷害の故意があったと言えるでしょう!キクチさんの精神状態の悪化は、被告人のストーカー行為と因果関係があると医師も証言しています。」
検察官は、被告人がインターネットでPTSDについて調べていたこと、被告人自身が捜査段階でキクチさんを精神的に苦しめていると認識していたと供述していることなどを証拠に、被告人の故意を立証しました。
また、キクチさんの主治医の証言から、被告人の行為とキクチさんの発症した適応障害、うつ病性障害の間には因果関係があると強く主張しました。
判決と反省
被告人は、法廷でキクチさんへの謝罪の言葉を口にしました。30万円を贖罪寄付する意思も示しました。しかし、時すでに遅し…キクチさんの心には深い傷が刻まれていました。
裁判長は、判決文を読み上げました。
「被告人を懲役3年に処する。未決勾留日数中140日をその刑に算入する。」
被告人は、判決を聞き、絶望に打ちひしがれるように肩を落としました。傍聴席からは様々な声が上がりましたが、キクチさんは静かに涙を流していました。
勝敗と理由
この裁判は、原告である検察側の勝訴となりました。被告人はストーカー行為、名誉毀損、傷害の罪で有罪となりました。
裁判所は、被告人がキクチさんの精神的苦痛を認識しながらストーカー行為を繰り返したことから、傷害の故意を認めました。また、キクチさんの発症した精神疾患と被告人の行為には因果関係があると判断し、懲役3年の判決となりました。
物語の元になった判例
判例PDF|裁判所 - Courts in Japan
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/821/037821_hanrei.pdf
1人の人間を壊してしまうほど、恐ろしい犯罪行為なのである。